【歴史異聞】英雄か殺人鬼かショタコンか、ジル・ド・レ【since1440】

ジル・ド・レ(Gilles de Rais, 1404年9月10日 – 1440年10月26日、ジル・ド・レーとも)は、フランス王国のブルターニュ地方ナントの貴族、レ(地名)男爵。フランス元帥。ギー2世・ド・ラヴァルの息子でギー・ド・ラヴァルの孫。母方の祖父はジャン・ド・クラン、曾祖父はピエール・ド・クラン。フランス王国大元帥ベルトラン・デュ・ゲクランの曾姪孫に当たる。

9月4日wikipedia「ジル・ド・レ」引用


英雄から快楽殺人者へ。何が彼を変えてしまったのか!?

1440年10月26日、疲弊しきった顔の男が刑場へ向かいます。
周りからは讃美歌を歌いながら民衆がついてきていました。その中には彼に子供を殺害された親もいたそうです。処刑台にあがった彼は、涙を流しながら絶叫して赦しを請いました。
しかし、無情にも白刃は彼の胸に突き立てられ36歳の短い生涯を閉じることになりました。

ジャンヌ・ダルクの理解者・信奉者であったジル・ド・レの最期です。

ジル・ド・レの生涯は絶頂期が早過ぎました。彼は25歳でフランスの元帥となります。
この時期にジャンヌ・ダルクと出会い、彼女の良き理解者で信奉者であったと言われています。
しかし、ジルとジャンヌの絶頂期は短いものでした。まず、ジャンヌは敗れて捕縛後、当時最悪の刑であった火炙りにされてしまいます。ジャンヌを信奉していたジルにとってこの出来事が精神を病むきっかけになった説もあります。

しかし、本当にそれだけでしょうか?
ジャンヌ・ダルクの死が彼の精神を蝕んだのは確かです。
彼を調べていくと必ずフランソワ・プレラーティという名前が出てきます。
さて、今回の「歴史異聞」は、ジル・ド・レを変えてしまったのはフランソワ・プレラーティだったのかという点からの考察です。

フランソワ・プレラーティは当時で言う錬金術士です。現代で言えば詐欺師とも言えます(笑)
要するに言葉巧みに取り入ったのです。湯水のように金を使い果たしたジルは錬金術に夢中になっていましたが、鉄が金に変わるようなことは一度もありませんでした。
錬金術が失敗続きで落胆しているときにフランソワ・プレラーティが現れます。

「悪魔を呼び出すには少年の生血が必要です。悪魔は賢者の石のありかも教えてくれます。」

ここから狂った宴の始まりです。
まず部下が城に集めた少年のひとりをいじめます。そこに「何をしてるんだ!」とジルが現れ、部下から解放された少年は安堵した表情でジルに抱擁されます。そしていきなり首元にナイフを突き込みます。気分の悪くなるような話なのでこの後の展開については省きます。

肝心なのは、何が彼をここまで変えてしまったのかといことです。
ジャンヌの死、錬金術、散財、戦場の緊張感から遠ざかったことなどが理由だと思います。
そして、元々異常人格者、異常性癖だったとしか思えません。
でなければ、600人超の少年を己の快楽を満たす為だけに殺害できる者などいません。

何かがきっかけで変わったのではなく、元々異常人格者・異常性癖者であった。
ジャンヌ

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