【一葬一曲】死ぬまでに(生きてるウチに?)、決めておきたい葬送の一曲!

 近年、葬儀が簡素化しつつあります。まず、自宅で行うことが少なくなりましたね。
葬儀にかける費用も10年前と比べると、100万円以上減少しているという調査結果もあるようです。
会葬者の減少も、その原因の一つだと言われています。


自分が死ねば葬儀云々は他人の手に委ねられるものだけど、小規模で参列者も身内だけでいいので、好きだった食べ物を供えて、好きだった音楽で見送って欲しいと思ったことがありました。

そんなことを考え出したのは祖父の死がきっかけでした…

2005年12月、田舎に住む母方の祖父が体調を崩し、病院で精密検査を行った。祖父は末期の大腸癌で、多数の転移が発見された。開腹手術で内臓の転移状態を見た医師は、手遅れだと判断した。

2006年1月、年始の食事会に祖父含めた親戚一同集まった。
看護師である母から「じいちゃんもう長くない」と言われていたので祖父と今生の別れになるかもしれないという予感がした。幼少期共に田舎で過ごし、器用で元気だった祖父は痩せて小さく見えた。

病気の告知は本人にされていなかったので誰も話題にしないし、普段通りに過ごそうとしていた。
会場へ行く車の中で【3月9日 レミオロメン】が流れた。弟の車だった。

直感した。ジリジリと脳幹が揺さぶられるように、「今日が祖父とお別れの日なんだ」と…
泣くわけにはいかない。祖父は病気を知らない。歌と楽器が好きな祖父は食事会でカラオケを歌った。
母が後日言った、「あの時おじいちゃんが歌ったのは別れの歌だったね」と。「自分の死を直感していた」とも。

多忙で見舞いにも行けない日々がしばらく続いた2006年2月、食事会から数週間後に祖父の容体は急変した。
自宅療養していたが、朝危篤状態になりそのまま病院で亡くなった。


葬儀は斎場の小さな場所で行われた。参列者も小規模で50人ほどだった。
バンドをしていた祖父の遺影の傍に愛用したギターが置かれていた。

出棺の時、突然の出来事だった。祖父の楽器仲間である参列者のひとりがトランペットを吹き出した…
葬儀場から火葬場(お別れの間)までほんの数歩だったが、棺を抱えながら聴いた【家路 遠き山に日は落ちて】
その音色は斎場全体に響き渡った。美しく見事な葬送の曲だった。

いつかこんな送り方をされたいと思うようになったのはこの時だ。
棺の中で聞こえることはないのだけれど、好きだった音楽の一曲ぐらい最後に奏でてもらいたい。生演奏じゃなくてもいいんだけどね。


自分の一葬一曲を決めておく

それは、決して耳に出来ない最後の最高の一曲。

関連記事
ブログランキングブログランキング・にほんブログ村へ
カテゴリー: 人生これ音楽。 | コメント: 1 | トラックバック: 1


この記事へのコメント

そんな一曲
見つかるといいですね♪~θ(^0^ )

コメントの投稿

非公開コメント


トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

まとめtyaiました【【一葬一曲①】死ぬまでに(生きてるウチに?)決めておきたい葬送の一曲!】

近年葬儀が簡素化しつつある。まず自宅で行うことが少なくなった。葬儀にかける費用も10年前と比べると100万円以上減少しているという調査結果もある。同時にこれは会葬者の減少をあ

アクセスランキング